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貴金属の基礎知識
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金の歴史 |
| 世界最古の文明を残したシュメル族(BC6000~5000年頃)は、すでに金製品を用いてたようで、こうした金製品が発掘されています。その後古代エジプトの第18王朝(BC1350年頃)のツタンカ−メン王の柩は1922年に発見されましたが、3000年余りたっても、その金色の輝きは衰えを見せていなかったとのことです。このように金の歴史は、人類の歴史と共に歩んでいました。 |
金の供給(世界) |
古代文明の頃からすでに人類は金を手にしていましたが、今日までに生産された金は、わずかオリンピックプ−ル約3杯分相当と言われています。
金の供給は、2006年には、全世界で3,906トンとなっており、内訳を見ると鉱山生産量が2,471トン、公的部門(中央銀行等)からの売却が328トン、中古金スクラップが1,108トンとなっています。
金を含めて貴金属は、それが使用されなくなった時、溶かして精製することにより、新たな貴金属として使用できるようになります。2006年にはこの金スクラップからの回収量が全体の約28%にもなっています。
鉱山からの産金量では、南アフリカが第1位ですが、その産金量は1970年の1,000トンをピ−クとして減少を続け、1974年から1993年の約20年間は600~700トン台を維持してきましたが、1994年に600トンを割り込み、1996年には500トンを下回り、以後減少傾向が続いており、2006年には292トンとなっています。
[2006年の数字は、GFMS Gold Survey 2007より] |
金の需要(世界) |
金の需要としては宝飾品が圧倒的で、2006年には需要合計の約67%を占めています。2006年には、金の需要合計は、3,371トンとなっており、宝飾品以外の需要としては、金塊退蔵が226トン、そして(歯科用61トンを含む)工業用等その他の需要が451トンとなっています。
宝飾品需要を国別で見ると、2006年の数字では、インドが521トンで第1位となっており、日本は第13位の33トンとなっています。
[2006年の数字は、GFMS Gold Survey 2007より] |
金の価格(円/g)と金小売価格の最高値 |
金の国際価格は、通常トロイオンス(31.1035g)当りの米ドルで表示されています。このトロイオンスとは、貴金属だけに使用される独特の単位です。日本においては、通常グラム当りの円で表示されています。
金の小売価格が最高値を記録したのは、現時点では1980年1月21日の5,495円(グラム)です。このように金小売価格が高くなった要因として、1979年から1980年初頭にかけて金の国際価格の上昇と、米ドルに対する日本円が安くなったことがあげられます。
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金の国際価格(1トロイオンス当り米ドル建て)の上昇要因
1979年明けに220ドル台で始まった国際金価格(ロンドン価格)は、次の価格上昇要因等によって、年末には520ドル台と大幅に上昇しました。
| 1 原油価格の上昇 |
| a. |
1979年1月にイラン革命が起こった。(前年12月にイラン原油の生産全面停止) |
| b. |
1979年6月のOPEC(石油輸出国機構)総会で基準原油価格を大幅に値上げ。 |
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| 2 国際緊張の高まり |
| a. |
1979年11月にイランの米国大使館人質事件発生(大使館員等約100人を人質)。 |
| b. |
1979年12月にソ連(当時)がアフガニスタンに侵攻。 |
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| 3 銀への投機 |
| a. |
米国の石油王ハント兄弟が銀を大量に買い込み、銀価格が異常な高値まで上昇。 |
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為替(日本円/米ドル)の円安進行
1978年8月に180円台へと円高が進行した後、徐々に円安傾向になり、1979年明けには、190円台で始まったが、1月の国際石油資本による日本への原油供給の削減通告により、いわゆる「第2次オイルショック」が始まり、その後6月のOPEC総会における原油価格の引き上げ等によって、石油に弱い日本通貨は徐々に安くなり、240円台で年を越しました。こうした円安は、円建て金価格の上昇要因となります。
このように、1970年代の金価格は、原油価格の上昇に比例して上昇(インフレヘッジ)したり、国際緊張の高まりと同時に上昇(有事の金)しました。 |
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